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第34話 白き聖皇

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-26 22:02:44

 明後日の昼過ぎ。

 カイトとその護衛役であるセリカとステラ、事務方として随行するスペイドの四人は聖皇の宮殿へと向かう馬車に乗り込んだ。

 聖皇の宮殿はカイトたちが滞在するホテルのある高台よりも少し高い丘陵にあり、テルスで最大級の教会建築であるサン・フィデス大聖堂と隣接していた。

 快晴ということもあって世界的に名所として知られるサン・フィデス大聖堂は多くの巡礼者や観光客でごった返していた。

 大聖堂の賑わいとは対照的に、隣接する聖皇の宮殿は静寂に包まれていた。

 宮殿の車寄せに乗り入れた馬車からカイトたちが降りると、緋色の祭服を着た聖皇国の枢機卿が出迎えた。

 枢機卿に先導されてカイトたちは宮殿の奥に進んだ。

 謁見の間の細長く四メートルほどの高さがある扉の前に到着すると、スペイドと枢機卿は扉の前で待機した。

 白で統一された天井の高い謁見の間には、アルトゥーラと長身の女性の二人だけが待機いた。

 長身の女性は赤銅色の長い髪を結い上げており、アルトゥーラと同じロザリオ魔道士団の軍服を着ていた。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 長身の女性がやわらかく響く声でカイトに呼び掛けた。

 カイトが女性の声に従って謁見の間の奥へと足を進めると、長身の女性はカイトに向かって深く頭を下げた。

 頭を下げて応じたカイトに、顔を上げた長身の女性は柔和に微笑んでみせた。

「ロザリオ魔道士団の次席を預かる、クーリア・マクラーレンと申します。貴国でお世話になっているエルヴァの妻です」

 やわらかな声と気品を併せ持つクーリアに対面したカイトは、アルトゥーラの母親とは思えない若さを保つクーリアの容姿に驚いたが、それを顔には出さないように努めた。

「トワゾンドール魔道士団の首席魔道士を務める、カイト・アナンと申します」

「聖皇陛下は直にまいります。少々お待ちください」

 微笑みを絶やさないクーリアは、艶やかで成熟した魅力を放つ女性だった。

 カイトが「はい」と短く返事を返したタイミングで、純白のローブモンタントを着た少女が謁見の間に入ってきた。

 小柄な少女はつかつかと一直線に奥へと進み、一段高くなっている最奥に設置された豪奢で大きな椅子にちょこんと腰掛けた。

「朕がフィデスである。遠路、大儀であった」

 代替わりから数年ほどしか経っていない現在の聖皇は若い女性であるとは聞いていたが、少女というより幼女といったほうがしっくりほど幼年だとは思っていなかったカイトは一瞬呆気にとられた。

 すぐ我に返ったカイトは、すぐさまフィデスの前まで移動すると右膝をついてひざまずいた。

「ミズガルズ王国トワゾンドール魔道士団の首席魔道士を務める、カイト・アナンと申します」

 フィデスは「うむ」と短く応じて微笑みを浮かべた。細長い窓から謁見の間へ射し込むわずかな陽の光を受けて、フィデスの透けるように白く長いまつげが輝く。

 フィデスの肌は透き通るように白く、腰まで伸びた長い髪も白金に輝いていた。

 カイトは幼くして聖皇となったフィデスがアルビノであることを理解した。

「早速ではあるが、位階を与えよう」

 フィデスの紫苑色の瞳がまっすぐにカイトへ向けられる。

「カイト卿。卿は従一位を取れ。聖魔道士とともに太魔範士の称号を持ち帰れ」

 フィデスが告げた「太魔範士」という称号を聞いて、カイトの後方でひざまずいていたセリカとステラの二人と壁際に立つアルトゥーラは息を呑んだ。

「朕は陽の光が苦手でな。これで失礼するぞ」

 フィデスは立ち上がると、つかつかとカイトに歩み寄った。

 カイトの目を覗き込むように顔を近付けたフィデスは「ふむ」と短い声を漏らすと、顔を近付けたままカイトに小声で語りかけた。

「許せよ。朕は目が弱くてな。この近さでなければ卿の顔がよく見えぬ。カイト卿、卿の魔力は特別だ。同じ無属性でもエルヴァ卿ともシーマ卿とも微妙に異なる。努々、その使い途を誤らぬようにな」

 フィデスの小さな声に合わせるようにカイトも小声で答えた。

「かしこまりました。聖皇陛下。肝に銘じておきます」

 カイトの返答を聞いたフィデスは「うむ」と短く応じてから近付けていた顔を離した。

「また会うであろう。それまで息災でな」

 カイトに向けて短く言い残すと、フィデスはつかつかと謁見の間を出ていった。

 フィデスが退室するのをその場で見送ったクーリアは、ひざまずいたままのカイトに歩み寄った。

「カイト卿。太魔範士の授与、誠におめでとうございます。わたしとアルトゥーラが証人を務めます」

「ありがとうございます」

 カイトが立ち上がりながら応じると、クーリアは話を次へと進めた。

「わたしとアルトゥーラは、カイト卿の位階叙位と称号授与についての証文を作成しなくてはなりませんので、この場は一旦失礼いたします。晩餐会でお目にかかりましょう」

 クーリアとアルトゥーラが謁見の間から退室するまで無言だったセリカが、隣に立つステラにだけ届く程度にひそめた声でつぶやく。

「聖魔道士にして太魔範士……我らの首席魔道士は、途方もない存在ってわけだ……」

「ええ……これからが大変ね……」

 驚きを隠せないステラは短い同意だけを口にした。

 セリカとステラが見つめるカイトの横顔は、大きな称号を得たという喜びや驚きの表情ではなく諦観の色が浮かんでいた。

 カイトへの「太魔範士」授与は大々的に発表され、新たな太魔範士の誕生は大きな驚きを持って瞬く間に伝播した。

 ウァティカヌス聖皇国には主要各国の大使館ないし公使館が置かれており、大使や公使たちは一報をいち早く本国に伝えるべく速やかに動いた。

 近隣各国には敷設されて間もない有線通信が用いられたことでセンセーショナルなニュースは間を置かず報じられた。

 遠方各国に向けての通信文を運ぶ伝書鳩も、役所や新聞社の手によって次の伝書鳩が待つ中継地点へと飛び立った。

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     海洋帝国ブリタンニアを始めとする西方の列強四国において国威の象徴であり国防の要でもある四名の首席魔道士たちと席を並べ、東方の島国であるミズガルズ王国の立ち位置を列強各国と肩を並べる位置まで引き上げようと、カイトが慣れない政治的な立ち回りを演じる舞台となったウァティカヌス聖皇国で、五国間の軍事同盟に関する同意を首席魔道士同士で確認した会談から六日後となる三月二十四日。 週が明けた月曜日の朝に、セナート帝国はヒンドゥスターン王国に対して宣戦布告した。 早朝に布告された宣戦と同時に、セナート帝国の筆頭魔道士団であるラブリュス魔道士団の魔道士六名が動いた。 セナート帝国で南方を担当する第六魔道士団の魔道士十二名と、支援部隊として帯同する五十名の一般兵で編成された小隊を従えた、六名の魔道士を乗せた黒光りする装甲板に覆われた汽船は、ヒンドゥスターン王国の重要拠点となっているベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンを強行突破した。 チッタゴンにはヒンドゥスターン王国及び、ヒンドゥスターンを間接統治するブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団に属する魔道士は配備されておらず、魔道士を相手に抵抗する術を持たないチッタゴンの防衛に当たっていた一般の兵士たちは、六名の内の一人である第十八席次のシルエイティの召喚したヒュドラが先導する汽船に対して交戦の意思すら見せなかった。 セナート帝国の汽船は難無く河川を北上し、昼前にはヒンドゥスターン王国とセナート帝国が双方ともに重要視する都市であるベンガラの河川港へと入港した。 河川港に降り立った魔道士たちのマントに標されたナンバーは、Ⅵ、Ⅷ、Ⅸ、ⅩⅣ、XVIII、XIX。 桟橋へと降り立つなり、第九席次に就き南方元帥と称されるアリアがぼやいた。「もうさ、すでに帰りたくなってるんだけどボク。暑すぎるよ。せめてさあ……このジメジメだけでも、どうにかならないかな。湿度高すぎでしょ、まだ三月だよ?」 開けっぴろげにぼやくアリアに対し、第八席次でありながらアリアの副官を兼ね、常に行動を共にしているヴァイオレットが宥めるように声をかけた。「本当に暑いね。夏仕様でも真っ黒なままの軍服で来るような土地じゃない。さっさとベンガラを落として涼むしかないよ」 ヴァイオレットへ無邪気にもみえる笑みを向けて「うん。そうしよ」とうなずいたアリアは、続けて

  • 異世界は親子の顔をしていない   第78話 本音

     クーリアが前祝いと言い表した酒宴は、港町でもあるウァティカヌス聖皇国の玄関口として機能するスペツィア港から程近い、庶民的な酒場を貸し切って行われた。 ブリタンニア連合王国を始めとする西方の列強四国と、東方で独立を維持し続けた魔法国家ミズガルズ王国が軍事同盟を結ぶという事態は、既に類を見ない大陸覇権国家として海洋帝国ブリタンニアに比肩する国力を擁していながら、ロムニア王国を併合し更なる勢力拡大の動きをみせたセナート帝国に対抗する大勢力が形成されることを意味する。 世界の対立軸と成り得る軍事同盟について、各国の国防を担う首席魔道士が同意に至った会談の直後という重大な局面とは無縁の、軽い談笑を交わすシロンとクーリアの明るい笑い声が酒宴の空気を担っていた。 ともに酒豪であるシロンとクーリアが、ざっくばらんに語らいながら豪快に杯を重ね続けるのとは対照的に、インテンサとドゥカティは静かに杯を酌み交わしていた。 カイトはヴァルキュリャと差し向かってワインを傾けた。「ブリタンニアにとって今一番の気掛りは、やっぱりヒンドゥスターン王国、ということになるんですか?」 カイトの素直な問いに対し、ヴァルキュリャは微笑を浮かべたまま答えた。「そうですね。ヒンドゥスターンはセナート帝国が掌握したアフラシア大陸に残った最後のくさびと言ってもいい国ですから。セナート帝国との国境がヒマアーラヤ山脈によって護られたっていう要因が大きかったんですけど」「それでもセナート帝国が攻めるとしたら、どのルートになりますか?」「地続きに攻め込まれるとすれば北東のベンガラ、海から攻めるなら王都デリイへの最短ルートとなるドーラヴィーラが考えられます。なので、ベンガラにはメーソンリーの魔道士二名と、ヒンドゥスターンの筆頭魔道士団であるアパラージタ魔道士団の魔道士が数名、常駐してます」「東南エイジアは、ほぼブリタンニア領でしたよね」「ええ、実を言えば我が国は、そちらの方こそを警戒しているんですよ。その証拠にセナート帝国との国境があるマライ半島には、メーソンリーから四名の魔道士を派遣しています」「四名はすごいですね」 素直に驚いてみせるカイトの反応を見て、ヴァルキュリャが微苦笑を浮かべる。「東南エイジアには他にもメーソンリーから三名の魔道士を派遣しています。それに加えて第七と第八魔道士団を合

  • 異世界は親子の顔をしていない   第77話 シロン(Ⅰ)

     三月十八日の午前中に、シロンを乗せた蒸気自動車は検問の無いウァティカヌス聖皇国の国境を越えた。 ガリア共和国の筆頭魔道士団であるシャノワール魔道士団の首席魔道士として、国威を担う要職に就くシロンの聖皇国行きに随行した魔道士は一名のみだった。 シロンと揃いの山吹色の地に黒の糸で刺繍が施されたシャノワール魔道士団の軍服を着た、がっしりとした大柄の男性魔道士は小振りな車窓から望む聖皇国の景色を無言で眺め続けていた。黒猫のエンブレムが刺繍された左胸に標されたナンバーはⅫ。 充実した三十六歳の精悍な顔つきをした第十二席次の男性魔道士と書類を確認するシロンは、移動の退屈をたわい無い会話でつなぐでもなく共に無言だったが、互いに静かな時間を好む性分であることを知る者同士での移動はシロンにとっては快適なものだった。「周到を良しとするシロン卿でも、今回ばかりは懸念が残りますか?」 男性魔道士が落ち着いた口調でシロンへの問いを口にした。 好みに合う艶のあるバリトンの声に、シロンは微かな笑みを浮かべて応じた。「まあ普通に考えれば、懸念だらけですよね。革命後の共和制やら帝政やらを生き延びた貴族が集まれば「復讐」の対象として口上にあげるゲルマニアと、利害の一致があるときだけ互いを利用しあうようになったブリタンニアを同時に口説くんですから。こちらも誠意を示す必要はある。そのせいでゼンヴォ卿、孤高の切り札である卿に無理なお願いをする形になってしまいましたしね」 シロンの口調はその言葉に反して、楽観的な響きを含むものだった。 「孤高の切り札、ときましたか。俺の境遇もシロン卿にかかれば格好が付いてしまう。外人として扱いづらい俺でも、卿の役に立てるんなら本望ですよ」「ありがとうございます」 シロンの微笑みに満足したゼンヴォは車窓へと視線を戻した。 ゼンヴォに合わせて、再び膝に載せた書面へ目を落としたシロンは「小心を飼い馴らせているか」と胸の内で自問した。 世界に二十人しか確認されていない魔範士として祖国のために働き続け、いつしか「魔道士の模範」などと称されるようになっても、英魔範士や太魔範士が居並ぶ列強の首席魔道士の中で魔範士である自分に「失策」は許されない。 周到を良しとするのではなく、周到でなければ動けない。自分が抱えるこの小心は「武器になる」と言い聞かせてきたシロ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第76話 次の一手

     セナート帝国によるロムニア王国の併合を受け、ビタリ王国へ魔道士を派遣するブリタンニア連合王国、ゲルマニア帝国、ミズガルズ王国の三国とビタリ王国の四国間による軍事同盟の締結に向けて動くことを、首席魔道士であるカイト、ヴァルキュリャ、インテンサが確認した会談の翌日。 三月十六日の昼前に、レビンとステラが予定通りに聖皇国へと到着した。 カイトは一人で船着き場まで赴き、呼び寄せる形となった二人を出迎えた。 降り立ったレビンの黒髪とステラの亜麻色の髪が、近付く春のやわらかさを含み始めた日差しを浴びて輝いていた。 カイトは純白のトワゾンドール魔道士団の軍服を身に纏う二人のもとへ駆け寄った。「遠路、お疲れ様です」 カイトがレビンに向けて右手を差し出すと、レビンは微かに硬い表情のまま「出迎え、感謝します」とだけ答えて握手に応じた。 レビンと短い握手を交わしたカイトは、続けてステラに向けて右手を差し出した。「長い船旅でお疲れでしょう。ホテルに案内します」「ありがとうございます。カイト卿、少し痩せましたか?」 ステラはやわらかな笑みを浮かべながら握手に応じた。 カイトは港からほど近いホテルへ二人を案内すると、その流れの中で昼食に二人を誘った。 二人の荷物を船の乗組員が客室へと運び込むのを見届けた三人は、連れ立ってホテルの近くにあるレストランへと移動した。 一通りの料理を注文し、白ワインでの乾杯を済ませると、カイトがレビンとステラに向けて頭を下げてみせた。「お二人には、急な赴任を引き受けていただきました。そのお礼を、まず先に伝えたかったんです」 頭を下げながら礼を述べるカイトに対し、レビンが静かに応じる。「礼には及びません。任務ですから」 レビンが端的に答えると、ステラがカイトへの質問を口にした。「カイト卿、わたしたちの赴任先は、もう決まっているんですか?」「はい。ビタリ王国の王都、ロームルスになります」「ロームルスには他の筆頭魔道士団の魔道士も?」「はい。すでにブリタンニアのメーソンリー魔道士団から派遣された二名が駐屯しています」 カイトの答えを聞いたステラとレビンが短く顔を見合わせる。 向き直ってカイトへの疑問を口にしたのはレビンだった。「カイト卿。アルテッツァ卿とセリカ卿、そしてピリカ卿は、これからどうなさるご予定ですか?」「当

  • 異世界は親子の顔をしていない   第75話 火の七日

     セナート帝国によるロムニア王国への侵攻を指揮したのは、ラブリュス魔道士団の第三席次として長く西方戦線を預かり、西方元帥として知られるフーガだった。 他の筆頭魔道士団とは異なり、第三席次をエースナンバーとして運用しないラブリュス魔道士団におけるフーガの地位は大元帥に相当し、北方元帥のセドリック、東方元帥のティーダ、南方元帥のアリアから成る四元帥の中で一段上位にあり、皇帝シーマの右腕として内政と諜報を掌握する第二席次のグロリアに同格とされていた。 急速に勢力を拡大したセナート帝国にあって、最も軍功を挙げた魔道士であるフーガが率いるラブリュス魔道士団に籍を置く七名の魔道士と、西方戦線に配備された第三魔道士団の魔道士、魔道士団の後方支援に徹する二千人規模の一般兵で編成された部隊は、攻め落とした都市に留まることなく進撃を続け、三月九日にはロムニア王国の王都を陥落させたる。 筆頭魔道士団を失ったロムニア王国の国王は同日、無条件での降伏を自ら申し出た。 新聞各紙は『火の七日』という大見出しで、一つの国を短期間で飲み込んだセナート帝国の烈火の如き侵攻を報じた。 セナート帝国はロムニア王国の領土を手にしたことで、短い国境線ではあるもののゲルマニア帝国およびビタリ王国と国境を接することとなった。 さらに地中海に面する港も手中に収めたことで、地中海からオルハン帝国とビタリ王国、そしてガリア共和国へも直接繋がる海路を獲得するという戦果を得たフーガの戦勝スピーチが新聞各紙の紙面を飾った。「セナート帝国は国を征しても、文化を奪い民を辱めることはしない。その証人として民の生活が安らぎ、その顔に笑みが戻るまで、私はこの地に残る」 産業革命の流れに乗り遅れたことで列強に及ぶ国力を有するには至らなかったが、決して小国ではないロムニア王国への侵攻を一週間で完遂するという衝撃の報を受けて、ビタリ王国に滞在していたヴァルキュリャとインテンサ、そしてカイトの三国を代表する首席魔道士は、セナート帝国の次なる動きを警戒して本国への帰還を先延ばしせざるを得なかった。 ビタリ王国を再建するためのキーパーソンとなっていた首席魔道士である三名は、セナート帝国の動向に即応するためゲルマニア帝国とガリア共和国に近いウァティカヌス聖皇国へと移動し、到着した三月十五日には最初の会談を持った。 聖皇の宮殿で

  • 異世界は親子の顔をしていない   第74話 異常な規模

     産業革命や列強による植民地争奪といった地球の十九世紀末と酷似した時代背景を持ちながらも「魔法」が実際の力として実在し、その魔法を行使する「魔道士」が存在するという最大の違いによって、地球の同時期との相違が最も大きく表れることとなった軍隊の有り様。 列強とされる国家が数百万人、覇権国家に至っては一千万人をも超える軍人を擁していた大戦前夜の地球とは異なり、魔道士によって編成される魔道士団が軍の主体を担い、戦場において国家の意思を代行する全権代理人としての資格を有する魔道士で構成される筆頭魔道士団が国防の象徴であり本体として機能する異世界テルス。 筆頭魔道士団を失うという国体の維持そのものを揺るがす事態に直面したビタリ王国の要請に応える形で、ブリタンニア連合王国、ゲルマニア帝国、ミズガルズ王国の三国から筆頭魔道士団に籍を置く魔道士を派遣するという四国間の同盟へと繋がる協議が持たれた十一日後。 二月二十四日にウァティカヌス聖皇国の使者が、セナート帝国の帝都マスクヴァへと到着した。 聖皇国の使者は聖皇フィデスの意向として、首席魔道士であったウアイラ以下、筆頭魔道士団としてのトリアイナ魔道士団を構成していた七名全員の身柄引き渡しを要求したが、セナート帝国の皇帝シーマは要求を拒否。 その翌日には、ウアイラ以下七名をセナート帝国の筆頭魔道士団であるラブリュス魔道士団へと迎え入れ、新設した第二十四から第三十まで席次に就任したことを皇帝の署名入りで公表した。 世界情勢に大きな影響を及ぼす報は、最優先の速報として報道機関や外交使節によって瞬く間に伝わり、翌日の夕刻にはビタリ王国に滞在するカイトのもとにも届いた。 ヴァルキュリャと連れ立って宿泊しているホテルにほど近いバーで飲んでいたカイトに、その報せを持ってきたのはメーソンリー魔道士団の第六席次に就き、ヴァルキュリャにとっては貴重な友人でもあるエリーゼだった。「わたしって、お酒もからっきし弱いので、お先に失礼しますね……ごゆっくり」 穏やかな笑みで言い残すと、号外として発行される直前の記事を二人に手渡したエリーゼは早々に席を立った。 ヴァルキュリャは飲み干したワイングラスを置くと、ふうと短く吐息を漏らしてから口を開いた。「これでラブリュスは、我がメーソンリーを抜いて世界一の大所帯になりましたね」「聖皇国は引き下

  • 異世界は親子の顔をしていない   第73話 人選

     翌日の昼過ぎ。 カイトは滞在するホテルの客室で独り悩んでいた。 トワゾンドール魔道士団のメンバーの中から、ビタリ王国へと派遣することになった二名の魔道士について、カイトは決めかねていた。 客室のドアがノックされたのに応えてカイトが出ると、アルテッツァとセリカが立っていた。「昼食はまだかい?」 アルテッツァがいつもの輝く笑顔を浮かべながら口にした「昼食」という言葉を聞いて、もう昼過ぎなんだと気付いたカイトは、「もう、そんな時間だったんだ」 と頭を掻きながら答えた。「私たちもこれからなんだ、一緒にどうかな?」「うん、ありがとう。そうしよう」 アルテッツァの誘いに応じたカイトを含めた三人は連れ立って、ホテルのほど近くにあるレストランへと移動した。 オリーブオイルを多用する海鮮が中心となった料理がテーブルに並び、三人は白ワインで乾杯した。 ワイングラスを置いたアルテッツァは、探りを入れること無く本題から話を切り出した。「ビタリに派遣する二名について、迷ってるみたいだね」「お見通しだね。うん、その通りだよ」「私とセリカが、このままビタリに残る。という形が最もスムーズな対処だろうけど」 素直に答えたカイトの迷いを解すように、アルテッツァは会話を進めた。「うん。まあ、そうなんだろうけど……正直に言っちゃうと、アルテッツァには出来れば近くにいてもらいたいんだ。わがままなのは分かってるんだけどね」「そうか……うん。安心したよ」 アルテッツァの「安心」という返答が意外だったカイトは、短く「安心?」とだけオウム返しに聞き返した。「孤独を好む指揮官は強いようでいて、実は脆かったりするものだから」「なるほど……確かに、そうかもしれない」「私とセリカ以外で、となれば候補は絞られるんじゃないかな?」 アルテッツァに促される話の流れに逆らわず、カイトは派遣する二名を選ぶ条件について答え始めた。「アバロン卿とクレシーダ卿、そしてチェイサー卿はラペルーズ。アルシオーネ卿とレオーネ卿はペアホース。セナート帝国への警戒を解けない現状で、それぞれのチョークポイントから動いてもらうわけにはいかない。魔範士であるノンノ卿には王都に留まっておいてもらいたい。候補として残るのは……レビン卿とステラ卿」 レビンとステラの名を挙げたカイトに対して、アルテッツァがうな

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